
小学校でその発表会が終わってから、私は演劇のプロダクションに入ることを考えていた。考えていたと言っても、小学生のオン何の子が何かをできるわけではない。
雑誌を買って、一人で劇団を選んでいた。
だけど、私は、なぜか、自分がやりたいことを人に言うこと、また親に言うことに躊躇があった。なんだかとっても恥かしかったのです。
自分が好きなことをすることが、どうしてあんなに恥かしかったのかということが、今はあの時家族に一言、「劇団に入りたい」ということ伝えることができたとしたら、その後の人生は変わっていただろうと思うのだ。
しかし、あの時の私はそのことを、たった一言を伝えることができなかったのです。もし、それを伝えたからと言って、反対するような家族ではなかったのです。だけれど、私が、やりたいという気持ちが大きくなるほどに、言うことができなかった。
多分、夢を形にするとき、それを声に出せるのか、そうでないのかということが、一番大切なのかもしれないと思うのです。
私はその後、進路を決めることになりました。というよりも、学年が上がり、そして普通の子供と同じように、普通に中学生になることになりました。
その普通の中学校では、演劇部はなく。
私は、バレー部に入部をしました。バレー部に入ったわたしは、だんだんと、バレーに夢中になっていきました。
しかし、本来の夢である、「女優になる」という言葉を忘れたことはありませんでした。
バレー部では、市内で優勝をし、アタッカーとして私は2年生で最優秀選手賞に選ばれ、3年生の時はキャプテンとしてチームをまとめることになったのです。そうしている時は、本当に楽しく、また毎日、いろんなことをかんがえ、家族もそんな私を応援してくれました。